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東京地方裁判所 平成9年(ワ)21435号 判決

原告

王子信用金庫

右代表者代表理事

大前孝治

右訴訟代理人弁護士

萩原平

後藤邦春

被告

大榮陶業株式会社

右代表者代表取締役

松本孝生

右訴訟代理人弁護士

井出聰

当事者参加人

右代表者法務大臣

中村正三郎

右指定代理人

杉崎博

外三名

主文

一  原告と当事者参加人との間において、参加人が別紙供託金目録記載の供託金につき還付請求権の取立権を有することを確認する。

二  原告の請求を棄却する。

三  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及理由

第一 請求

(原告の請求の趣旨)

原告と被告との間で、原告が別紙供託金目録記載の供託金の還付請求権を有することを確認する。

(当事者参加人の参加の趣旨)

主文一項と同じ。

第二 事案の概要

本件は、①原告が被告に対し、被告が訴外大日本土木株式会社(以下「大日本土木」という。)に対して有する請負工事代金債権の被告から原告への譲渡があったとして、大日本土木が右債権につき債権者不確知を原因として供託した供託金の還付請求権を原告が有することの確認を求めている事件(平成九年(ワ)第二一四三五号)と、②当事者参加人(以下「参加人」という。)が原告に対し、右債権譲渡は不成立又は無効であって、一方、参加人は、被告が負担する租税債権の徴収のため、国税徴収法に基づき、被告の有する右供託金の還付請求権を差し押さえてその取立権を取得した(国税徴収法六七条)として、参加人が、右供託金還付請求権の取立権を有することの確認を求めている準独立当事者参加申立事件(平成一〇年(ワ)第八三〇〇号)である。

一 争いのない事実等

1 原告は信用金庫であり、被告はタイル工事の請負等を業とする会社である。

2 原告は、被告との間の平成四年八月二八日付け信用金庫取引約定に基づき、平成九年四月三〇日、被告に対し、手形貸付けの方法により、同額返済後の折り返し融資として、一五五〇万円を弁済期平成九年一〇月九日、利息年4.5パーセント、遅延損害金年14.5パーセントとする方法で貸し付けた(以下、この貸付けを「本件貸付け」という。)(甲七、一〇、証人藤倉勇一、被告代表者本人、弁論の全趣旨)。

3 被告は、大日本土木に対し、平成八年四月一日締結された工事下請負基本契約(以下「本件請負基本契約」という。)及び平成九年二月一八日付け注文書に基づく、別紙債権目録記載の工事請負代金一三一四万四二六四円の支払請求権(以下「本件請負代金債権」という。)を有していた(甲四、丙三)。

なお、大日本土木と被告間には、本件請負代金債権を含む請負代金債権について、大日本土木の書面による承諾を得た場合を除き、その譲渡を禁止する旨の約定がある(甲四、丙三、一八)。

4 原告職員である吉川哲郎(以下「吉川」という。)は、平成九年六月四日、大日本土木東京支店に赴き、同社担当者に対し、被告代表者松本孝生(以下「孝生」という。)を通知人・作成名義人とする本件請負代金債権等についての確定日付ある債権譲渡通知書を交付した(甲三、七)。

5 大日本土木は、平成九年七月八日、本件請負代金債権につき、真の債権者を確知できないとして、本件請負代金債権の全額である一三一四万四二六四円について、東京法務局に対し、別紙供託金目録記載の供託をした(以下、右供託にかかる金員を「本件供託金」という。)(丙七)。

6 参加人は、平成一〇年二月一七日、別紙租税債権目録(二)記載の租税債権を徴収するため、被告が有する本件供託金の還付請求権を、国税徴収法六二条の規定に基づき差し押さえ、同月一八日、右差押通知書を東京法務局供託官に送達した(丙八、九)。

二 争点

1 被告から原告への債権譲渡の有無

(原告の主張)

原告と被告は、平成九年五月一日、被告の原告に対する本件貸付けの弁済に代えて、被告に手形の不渡りなど不測の事態が生じたため原告が必要と認めるときは、被告が大日本土木に対して有する本件請負代金債権を譲渡することとし、原告が一方的に予約完結権を有する旨の債権譲渡契約の予約を締結した(以下、この債権譲渡を「本件債権譲渡」という。)。

被告は、平成九年六月二日、一回目の手形不渡りを出し、原告は、この事実を知った同月四日、被告に対し、右予約完結権を行使する旨の意思表示をした。

(被告及び参加人の主張)

原告と被告間で債権譲渡の合意はない。

原告は、被告代表者である孝生は原告との間で、債権譲渡の合意を行っておらず、被告の従業員で、孝生の妻である松本静江(以下「静江」という。)には、被告のために債権譲渡をする権限は存在しなかったにもかかわらず、静江に対し、「社長はつかまらない。社長の了解を得ていますから、奥さん署名してください。」と欺岡して、債権の表示、被通知人の表示、日付の表示、本文については原告の表示がない白地の書面に、被告の署名をさせた。

2 包括的債権譲渡にかかる債権譲渡の効力

(参加人の主張)

(一) 一般に、包括的債権譲渡の効力につき、裁判例において「それ自体増減する債権の担保のために、譲渡の目的とされるべき債権の債務者(第三債務者)を特定することなく、目的債権の発生時期についても、その限度額についても何らの限定を伴わない包括的な将来の債権の債権譲渡を有効とするときは、譲受人たる債権者は、譲渡人たる債務者の取得すべき全代金債権につき、随意選択して自己の債権の優先弁済のように供しうる地位を、何らの公示の方法も伴うことなく、いつまでも保有することになり、右優先弁済権の行使が、本件においてもそうであるように、債務者の破綻が現実化した危機事態の到来に近接して行われることが多いという当裁判所に顕著な事実を考え合わせて考えると、債権者間の平等を害すること極めて著しく、到底容認し得るところではないといわなければならない」「将来の債権を目的とするかかる無限定な債権譲渡の合意は、将来その実行として特定の債権譲渡をなすべく当事者を拘束する基本契約としてならばともかく、譲受人たるべき債権者の一方的権利行使によって直ちに債権譲渡の効果を生ずべき契約としては、目的債権の不特定のゆえにその効力を認めえざるものとなさざるをえない。」と判示されているところである(東京高裁昭和五七年七月一五日判決・金融法務事情一〇四六号四四頁及び東京地裁昭和六〇年一〇月二二日判決・判例タイムズ六〇三号五八頁参照)。

右判示のとおり、将来発生する複数の債務者(第三債務者)に対する債権の譲渡(集合債権譲渡)が有効であるためには、少なくとも①譲渡の目的とされるべき債権の債務者(第三債務者)が特定されていること、②譲渡の目的となる債権の発生時期が限定されていること、及び③譲渡の目的となる債権の額が限定されていることという三つの要件が必要であることになる。

(二) 前記(一)を前提に検討すると、次のとおり、本件債権譲渡は、将来債権及び集合債権の譲渡の各要件を欠き無効である。

(1) 原告は、本件債権譲渡が「平成九年五月一日、被告の原告に対する……貸金債務の弁済に代えて、……原告が必要と認めるときは、……本件工事代金債権……を譲渡することとし、原告が一方的に予約完結権を有する旨の債権譲渡契約の予約を締結し」「被告は、平成九年六月二日、一回目の手形不渡りを出し、原告は、この事実を知った同年同月四日、被告に対し、右予約完結権を行使する旨の意思表示をした」と主張するが、債権譲渡契約書(甲一)には、予約という文言はなく、直ちに譲渡することとなっており、通知書と題する書面においても、別個に予約完結権行使の意思表示がされた形跡はうかがわれない。しかも、①右通知書(甲三)を原告が被告の従業員から受領した際には、同通知書の被告の所在地、被告名、被告代表者名及び印鑑以外の部分は白地であり、②後に原告が右通知書を第三債務者に送付する際に当該白地部分を原告が補充したものであり、③念書(甲二)によれば、原告が必要と認めたときは「別途契約の全ての債権譲渡契約書、債権譲渡通知書に日付・金額・第三債務者等を補充されることを承認いたします。」と記載されている。

そうすると、本件債権譲渡は、複数の債権譲渡契約書及び債権譲渡通知書のそれぞれの白地部分を後日原告が補充することを前提として行われた、将来発生する債権を包括的に譲渡する契約であったことは明らかであり、本件請負代金債権を譲渡の目的として行われた債権の譲渡契約及び当該予約契約に係る予約完結権の行使であるとの原告の主張は認められない。

(2) また、右①ないし③の事実によれば、原告は、複数の債権譲渡契約書及び債権譲渡通知書をいずれも原告において将来随時使用することを委ねられたものとして交付され、その交付時においては、それら交付を受けた書類を使用すべき時期も、使用の時点において滞納会社の負う債務額も、譲渡債権の上限額も不明であった。それゆえ、債権の表示欄は空欄とし、原告において必要に応じて随時補充することとされていたものである。

(3) 以上によれば、本件債権譲渡が、前記裁判例の挙げる将来発生する複数の債務者(第三債務者)に対する債権の譲渡(集合債権譲渡)が有効であるための三要件、すなわち、①譲渡の目的とされるべき債権の債務者(第三債務者)が特定されていること、②譲渡の目的となる債権の発生時期が限定されていること、及び③譲渡の目的となる債権の額が限定されていることのいずれについても充足しないものであることは明らかである。

(被告の主張)

本件債権譲渡の内容は特定されていない。

(原告の主張)

否認し争う。

3 被告による債権譲渡の意思表示の詐欺取消しの可否

(被告及び参加人の主張)

前記1の「被告及び参加人の主張」の事情のとおりであって、仮に、静江が行った行為により、被告から原告への債権譲渡の存在が認められたとしても、その意思表示は原告の詐欺によるもので、被告は、平成九年一一月二五日の本件口頭弁論期日において、その意思表示を取り消した。

(原告の主張)

静江が通知書と題する書面に被告の所在地と被告名、被告代表者名を自書して被告の実印を押印するに際しては、被告代表者孝生の了解があったもので、被告の本件債権譲渡の意思表示が詐欺によるものであることは否認する。

4 譲渡禁止特約のある本件債権譲渡の効力

(一) 譲渡禁止特約についての原告の悪意又は重過失の存否

(参加人の主張)

本件請負代金債権には、本件請負基本契約(丙三)一五条において譲渡禁止特約が付されているところ、本件債権譲渡は、右特約に反し、第三債務者の書面による承諾を得ないで行われている。

ところで、元請業者の当該工事にかかる労賃相当額の二重払いの回避、債権者不確知による危険の回避、下請業者の倒産の回避の必要性から、一般に、建設工事請負契約に関して、発注者が取引相手と締結する基本契約等において、債権譲渡を禁止する旨の特約を付することがあることは、金融業者にとって公知の事実である。したがって、金融業者がそのような工事請負代金債権を譲り受けようとするに当たっては、あらかじめ、譲渡禁止特約の有無について調査すべきであって、これを怠り、漫然と譲り受けた場合には、右の特約の存在を知らないとしても、そのことにつき重大な過失があるということができる。そして、このことは、金融業者が、建設会社と下請会社との間で締結された建設工事下請負契約から発生する建設工事下請負債権を譲り受けた場合も同様である。

原告は、信用金庫法に基づいて設立された信用金庫であり、当然に本件請負代金債権にかかる譲渡禁止特約についても知っていたものであり、仮に、右特約について善意であったとしても、金融業について高度な知識と豊富な経験を併せ持つ企業組織であることを併せ考慮すれば、善意であることにつき重大な過失があったものというべきであるから、本件債権譲渡は無効である。

因みに、本件貸付けを受ける前に、被告は原告担当者に対し、本件請負代金債権発生工事の注文書(丙一八の添付資料四と同一書式)の写しを交付しており、右の表面には「この注文書に記載のない条件については工事下請負基本契約書の定めによります」との文言が印刷されている。したがって、原告は、本件請負基本契約書の存在を確認できたはずであり、本件請負基本契約書の定めにどのような事項が記載されているかを調査することが可能であったにもかかわらず、何ら調査することなく、漫然と本件請負代金債権を譲り受けたものであるから、そのことについても重大な過失があったことは明らかである。

(原告の主張)

原告は、本件請負代金債権の譲渡禁止特約について善意であり、また、善意であることにつき重過失もない。

一般的に、請負代金債権に譲渡禁止の特約を付す理由については必ずしも合理性が認められず、また、原告においては、債権回収の一方法として債権譲渡を受けることはままあるものの、仮差押えや差押えと比べて、そう多い方ではない。まして、これまで、債権譲渡を受けた当該債権に譲渡禁止の特約が付いており、これがために譲渡の効力が否定された実例もないため、本件請負代金債権に譲渡禁止の特約が付されているなどとは考えもしなかった。

原告担当者藤倉勇一(以下「藤倉」という。)は、本件請負代金債権につき、譲渡禁止特約が付いていたことは知らなかったし、これを知り得る立場にもなかった(藤倉が見た本件請負代金債権発生工事の注文書の写しは、表面だけであり、譲渡禁止特約を記載した裏面はなかったことから、注文書によって、本件請負代金債権に譲渡禁止特約が付されていると認識することはあり得なかった。)。また、被告代表者も、本件請負代金債権につき、譲渡禁止特約が付いているとは一言も説明しなかった。原告担当者が大日本土木の担当者に対し、本件債権譲渡通知書を交付した際も、同人から譲渡禁止特約が付いているなどの説明はなかったし、何らの留保もなく、無条件で受領してもらった。

(二) 大日本土木による本件債権譲渡の承諾の有無

(原告の主張)

次のとおり、本件債権譲渡につき、大日本土木は承諾しており、債権譲渡禁止特約についての原告の悪意又は重過失の有無にかかわらず、本件債権譲渡は有効となる。

(1) 原告は、被告の代行として、平成九年六月四日、第三債務者である大日本土木方に、本件債権譲渡通知を持参して交付した。

(2) 大日本土木の経理部資金課主任菅谷文夫(以下「菅谷」という。)は、右受領の際、本件請負代金債権に債権譲渡禁止の特約が付いているなどという説明は一切しなかったばかりでなく、右債権支払日である平成九年六月二〇日、原告担当支店に対し、右債権譲渡通知に基づく本件請負代金債権の支払につき、出来高査定しているので、同月二三日まで待ってほしい旨連絡してきた。

(3) 同月二三日、菅谷から、原告担当支店に電話があり、支払確定金額は七八五万五九三一円であり、うち支払金額は六二八万七一四五円で、そのうち手形払分が三一五万円、小切手払分が三一三万〇七一四円であり(右確定金額の二〇パーセント分は、約定により保留分となり、同年七月二八日に支払うということであった。)、今月支払分(同年六月二〇日支払分)は、同年六月二五日に支払うので、集金に来社されたい旨の連絡があった。

(4) ところが、同年六月二五日、原告担当支店職員が大日本土木に集金に出かけようとしているときに、大日本土木建築部の担当者から、本件債権譲渡及びその譲渡通知が無効であるとする内容証明郵便が被告から来ているので、顧問弁護士と相談の上再度連絡するとの電話があり、その日の支払は延期された。

(5) その後、大日本土木の株主総会等の事情があり、その支払が延期されている間に、同年七月三日、参加人から本件請負代金債権の差押えがされたために、大日本土木は右債権を供託するに至ったものである。

(参加人の主張)

次のとおり、大日本土木は本件債権譲渡を承諾したとはいえない。

(1) 本件請負基本契約には債権譲渡禁止特約が付されているところ、この特約は「相手方の書面による承諾を得た場合は、この限りではない。」(丙三・一五条一項ただし書)とされており、大日本土木の「書面による承諾」がある場合に限って解除することができるものとされている。

しかるに、原告は、本件において、右の書面による承諾を得ていない。

(2) また、およそ債権譲渡禁止特約を付している企業がその特約を解除するに当たっては、単なる窓口担当者等の発言等によって最終的な意思決定がされたと認められるものでないことはいうまでもなく、役員会ないし相当の役職者によって意思決定受けられるべきこととされているのが通例である。現に、大日本土木においても、工事下請負契約に係る債権の譲渡を禁止する旨の特約を解除する意思決定を行った例はほとんどなく、仮に行うとしても部長の決裁を経なければならないとされているところ(丙二一)、菅谷は、大日本土木東京支店経理部資金課主任という係長クラスの窓口担当者であり、このような一窓口担当者が口頭で本件債権譲渡についての意志決定を行うことがあり得ないことは原告自身十分認識していたものというべきである。

(3) 原告と菅谷との間に、仮に原告主張のようなやりとりがあったとしても、右やりとりは、専ら請負代金額の査定についてされていることに照らすと、経理部に所属する菅谷が本件請負基本契約を子細に検討して譲渡禁止特約の存在を認識しながら請負代金の支払に言及したとは到底認めることはできず、最終的に大日本土木が譲渡禁止特約の存在を理由に本件供託をしたことに照らしても、同社において、本件債権譲渡を承諾する旨の意思表示がされたとは到底いえない。

第三 争点に対する判断

一 争点1(被告から原告への債権譲渡の有無)及び争点2(包括的債権譲渡にかかる債権譲渡の効力)について

1 証拠(甲一ないし一二、一三の1ないし4、乙一の1、2、二、丙三、五、一〇、二一、証人藤倉勇一、被告代表者本人)及び弁論の全趣旨を併せれば、次の事実を認めることができる。

(一) 原告は、被告との間で、平成四年八月二八日付け信用金庫取引約定書を締結して以来、継続的に取引をしており、平成一〇年三月五日時点で、被告に対し、貸金等合計四億一九〇〇万円の債権を有していたが、担保については、不動産時価評価の減価があったこともあり、約九六〇〇万円分しか保全ができておらず、保全不足状態となっていた。

平成九年四月ころ、原告から被告に対し、被告が原告から営業資金として借り入れている合計一五五〇万円について、その返済後の再度の同額の融資(折り返し融資)の依頼があり、原告板橋駅東口支店の営業課長であった藤倉は、同年四月三〇日に被告事務所に出向いた。

被告事務所において、藤倉は、被告代表者孝生の妻で、被告の従業員として被告の総務と経理を担当している静江に対し、被告から依頼のある一五五〇万円の新規融資に応ずるには、被告から原告に対し、被告が請け負っている工事代金債権を原告に譲渡することが条件である旨を告げ、また、不在であった被告代表者の孝生と電話で話し、新規融資の期限までに返済しないときは、被告が有する請負代金債権の中からそれに見合ったものを債権譲渡してもらうとの話がされ、これに対し、孝生は、もしもの場合があったらそれでよい旨述べた。

これを受けて、藤倉は、持参してきた債権譲渡契約書(甲一)、念書(甲二)及び通知書(甲三)の用紙に被告の記名押印を求め、静江はこれに応じて、右三通の書類に被告の記名押印をして藤倉に交付したが、右各書面における不動文字以外のその余の記入部分はすべて白地のままであった。なお、右債権譲渡契約書には「現在及び将来負担する一切の債務を担保するため…譲渡して」との旨、右念書には「債権譲渡契約書及び債権譲渡通知書に貴金庫が必要と認めたとき、別途契約の全ての債権譲渡契約書、債権譲渡通知書に日付・金額・第三債務者等を補充されることを承認いたします」旨の記載がある。

その上で、同日、原告から被告に対し、本件貸付けが実行された。

なお、被告は、工事の発注を受けると、その注文書の写しを原告に交付しており、原告は、被告がどのような工事の注文を受けているかほぼ把握しており、本件請負代金債権発生の工事である大日本土木から被告への「ツインリンクもてぎ開発事業第一期施設建築工事」(以下「本件工事」という。)の注文書の表面の写しも受け取っており(甲四)、藤倉と孝生の電話による右会話の中、また、その後の藤倉と孝生又は静江との話の中で、藤倉からは、大日本土木から被告へ発注された工事代金債権を債権譲渡の対象とするとの話が出たこともあったが、当時、被告には、大日本土木から発注を受けた工事が本件工事を含めて五、六件あり、藤倉から本件工事にかかる被告債権(本件請負代金債権)の譲渡というような具体的に債権を特定するまでの話がされたことはなかった。

(二) 被告は、平成九年六月二日に第一回目の手形不渡りを出した。これを知った藤倉は、同月四日、他の二名の原告職員とともに被告方に出向き、孝生に対し、被告が当時保有している請負工事代金債権全てを被告に譲渡するように申し入れ、持参してきた債権譲渡関係の書面約五〇枚に被告の押印を求めたが、孝生は、原告からの右要求に応じてよいかを弁護士に相談したところやめるようにとの助言を受けたことから、原告からの右要求を断った。

そこで、藤倉らは孝生に対し、法的手段をとると告げて帰った上、前記(一)のとおり、被告の記名押印を得て交付を受け、保管していた債権譲渡契約書(甲一)、念書(甲二)及び通知書(甲三)の白地部分に、日付と、原告において被告から受け取っていた本件工事についての発注書の写し(甲四)の内容どおりの特定事項を記載した上、同日中に、原告職員吉川が、大日本土木東京支店に赴き、同社同支店経理部資金課主任菅谷に右通知書(甲三)を交付した。

なお、原告職員と孝生との間で、具体的に本件工事にかかる請負代金債権を被告から原告に譲渡するとの話がされたことは一度もなかった。

2 もっとも、被告は、平成九年四月三〇日に、特定の本件講負代金債権について債権譲渡の予約をしたものであると主張し、証人藤倉勇一の証人尋問において、同様の証言部分があるが、前記1のとおり、同日に藤倉が用紙を持参した上で被告(静江)から徴求した債権譲渡契約書(甲一)及び通知書(甲三)は、請負代金債権を特定する事項を記入することなく、被告の記名押印以外の書き込み部分を白地としたまま被告が保管しており、被告が手形不渡りを出して、原告からの全ての債権譲渡の要求を拒んだ後になって始めて被告によって本件請負代金債権を特定する事項が書き込まれたものであることが認められ、また、平成九年四月三〇日に藤倉が用紙を持参して被告(静江)から徴求した念書(甲二)には、「債権譲渡契約書及び債権譲渡通知書に貴金庫が必要と認めたとき、別途契約の全ての債権譲渡契約書、債権譲渡通知書に日付・金額・第三債務者等を補充されることを承認します」旨の記載があり、これは、特定の債権ではなく、包括的な債権の譲渡を予定したものと考えられること、証人藤倉は、その証人尋問中において、平成九年四月三〇日の孝生との電話内容は、本件工事の分という特定をせずに、基本的に今ある売掛債権(請負代金債権)の中から一部分を債権譲渡していただきたいという話をした旨も証言していること(同証言調書六頁)など、同人の証言内容は前後矛盾して曖昧であることなどに照らすと、前記被告の主張に沿う証人藤倉の証言部分は信用できず、その他の客観的証拠に照らしても、被告の右主張は採用できない。

3  以上の事実によれば、原告と被告間の債権譲渡の合意又はその予約は、原告の被告に対する債権の担保とするため、譲渡の目的となる債権はもちろん、その発生時期が限定されておらず、また、譲渡の目的とされるべき債務者を特定することなく(なお、時期の特定はできないものの、大日本土木を債務者とする債権を債権譲渡の対象とする旨の話も出たことがあると認められるが、それ以外の者を債務者とする債権の譲渡を全く否定する趣旨であったものとは認められない。)、更にその額についても限定せずに、包括的に、将来の債権を含んでの債権譲渡を約し、又はその予約をしたものといえる。

ところで、このような債権譲渡は、目的債権が不特定といえるとともに、これを認めるときは、何らの公示手段なくして、譲受人たる債権者は、譲渡人たる債務者の取得すべき全債権について、随意選択して自己の債権の優先弁済に供することができることになり、債権者間の平等を害する著しく不公正なものといわざるを得ず、その効力を認めることができず、また、譲受人が一方的に予約完結権を行使し得るとの形でのそのような債権譲渡の予約によるとの方法も、同様であり、そのような予約完結権の行使による債権譲渡の効力も認めることができず、その他、被告から原告に本件債権譲渡が有効にされたと認めるに足りるべき的確な証拠は全くない。

4 したがって、被告から原告への本件債権譲渡の効力を認めることはできず、原告が本件供託金の還付請求権を有するとの主張は理由がないことになる。

二 争点4(譲渡禁止特約のある本件債権譲渡の効力)について

前記一の認定によれば、その余の争点について判断するまでもなく、原告の被告に対する請求は理由がなく、参加人の原告に対する請求は理由があることになるが、念のため、更に、譲渡禁止特約のある本件請負代金債権についての本件債権譲渡の効力についても検討する。

1 証拠(甲四、丙三、一八)によれば、本件請負代金債権には、相手方の書面による承諾を得た場合を除外事由とする譲渡禁止特約が付されていることが認められる。

ところで、証拠(丙三、五、一一ないし二〇)及び弁論の全趣旨を併せれば、元請業者の当該工事にかかる労賃相当額の二重払いの回避(孫請先等に立替払したことによる求償債権との相殺権の確保)、債権者不確知による危険の回避、債権譲渡を契機とする下請業者の信用不安の回避などの必要性から、中央建設審議会による民間建設工事標準請負契約約款(丙一三、一四)を始めとして、一般に広く、建設工事請負契約においては、請負代金債権の譲渡を禁止する特約が付せられていることが認められる。

そして、原告は、金融業について高度の知識と豊富な経験を持つ金融機関であり(丙一〇)、更に、前記一の1のとおり、平成九年四月三〇日以前に、本件工事にかかる注文書の表面の写し(甲四)を受け取っていたところ、右書面中には「なお、この注文書に記載のない条件については工事下請負基本契約書の定めによります。」との記載があるのであるから、たとえ、原告担当者の藤倉や原告全体においても、本件請負代金債権の譲渡禁止特約の存否について関心を払っておらず、その存在について知らなかったからといっても(甲七、証人藤倉勇一)、原告としては、本件請負代金債権を譲り受けようとするに当たっては、大日本土木に確認するなどして、あらかじめ、右特約の存否について確認すべきであったといえ、これを怠った原告には、右特約の存在について知らなかったことにつき重大な過失があったといわざるを得ない。

2 次に、本件債権譲渡についての大日本土木による承諾の有無について判断する。

前記1のとおり、本件請負代金債権には、相手方の書面による承諾を得た場合を除外事由とする譲渡禁止特約が付されている。

ところで、証拠(甲一ないし九、乙一の1、2、二、丙三ないし九、一八、二一、証人藤倉勇一、被告代表者本人)によれば、①被告が平成九年六月二日に第一回目の不渡りを出したことを知った藤倉は、他の二名の原告職員とともに、同月四日に被告方に出向き、被告代表者孝生に対し、被告の有する請負代金債権のすべてを原告に譲渡することを申し入れたが、孝生からこれを拒まれたことから、原告において、あらかじめ被告の記名押印を得ていた債権譲渡契約書(甲一)、念書(甲二)及び通知書(甲三)に、債権譲渡の対象を本件請負代金債権とするように特定するなどの記載を加えた上、同日、原告職員の吉川が、このようにして作成完成された債権譲渡の通知書(甲三)を持参して大日本土木東京支店に出向き、同支店経理部資金課主任の菅谷(甲五)に右通知書を交付し、本件請負代金債権については原告が譲り受けたから、今後は原告にその支払をするように申し入れ、右通知書の写しに菅谷の受領の署名を得たこと、②この際、菅谷は、本件請負代金債権について譲渡禁止特約が付いている旨の話はしなかったこと、③原告は、本件請負代金債権の出来高の支払日が毎月二〇日となっていたことから、平成九年六月二〇日菅谷に電話したところ、菅谷から、本日出来高について査定しているため、その金額を同月二三日に連絡するとの話があったこと、④同月二三日、菅谷から原告に電話があり、査定の結果は七八五万五九三一円であり、二〇パーセントが保留分として差し引かれるから、六二八万七一四五円を手形で三一五万円、小切手で三一三万七一四五円を支払うことになるとの話があったこと、⑤同月二五日、大日本土木東京支店事務管理部係長の森敏朗から電話連絡があり、本件債権譲渡及びその譲渡通知は無効であるなどを旨とする通知書が被告から大日本土木に来たため(乙一の1、2)、大日本土木の顧問弁護士と相談の上再度連絡するので支払を留保するとの連絡があり、その後の同年七月八日、大日本土木は、本件請負代金債権について真の債権者を確知できないとして、本件請負代金債権の全額を供託した(丙七)こと、⑥被告と大日本土木間の債権譲渡禁止を約定した本件請負基本契約は、大日本土木常務取締役で、当時の大日本土木東京建築支店長の決裁を経てその名で調印されたものであり、大日本土木において、その債権譲渡を承諾にするには、少なくとも同社東京支店の経理部長以上の決裁と、書面による承諾が必要とされていたこと、⑦平成九年六月当時の大日本土木東京支店経理部資金課主任という菅谷の地位は、窓口担当者の位置づけであり、大日本土木における意思決定権を委任されているようなものではなかったことが認められる。

以上の事実によれば、菅谷が原告との間で行ったことは、大日本土木東京支店の経理担当者として、本件請負代金債権について、その出来高を査定して明らかにしたというものにすぎず、菅谷において、譲渡禁止特約のある本件請負代金債権について、本件債権譲渡を承諾する意思があったものとは到底認められず、その他、本件全証拠によってもこれを認めるに足りず、また、要件的にも、大日本土木からは、本件債権譲渡について、譲渡禁止特約の除外事由である「書面による承諾」があったことも認めることができない。

3 したがって、譲渡禁止特約との関係でも本件債権譲渡は無効となる。

第四 結論

よって、いずれにしても、原告の本訴請求は理由がないことになり、一方、参加人の請求は理由があることになる。

(裁判官本多知成)

別紙〈省略〉

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